「食×スポーツ」渡邊昌先生と室伏スポーツ庁長官の対談(スポーツ庁)

「食×スポーツ」渡邊昌先生と室伏スポーツ庁長官の対談

 

室伏広治長官は、「食とスポーツ」をテーマに、一般社団法人メディカルライス協会理事長・医学博士の渡邊昌先生と対談を行いました。国立がんセンター疫学部長、国立健康・栄養研究所理事長を歴任し、糖尿病の罹患歴もある渡邊先生は、食と運動の重要性を経験し、玄米を中心に米の研究に取り組んでいます。「食とスポーツ」が、私たちの健康に何をもたらすのか。お話を伺いました。


 

医者の不養生「食と運動の重要性」気づきは自身の糖尿病がきっかけ

渡邊

このたびは「スポーツと健康・食事」をテーマに、室伏長官と意見交換させていただけることを大変喜んでおります。私は、米を食べることが自己免疫力を高め、腸内細菌を育てることにもつながるということに気づき、「玄米により未病を治す」をキーワードに、2019年に「メディカルライス協会」を設立しました。

室伏

食とスポーツについて、こちらもお話を伺う機会をいただきうれしく思います。食事は、健康のためにも、アスリートの体づくりのためにも、切っても切り離せません。渡邊先生は、国立がんセンター疫学部長、国立健康・栄養研究所理事長を歴任し、その中で、玄米の良さに気づかれたと伺っています。

渡邊

私は、50歳を過ぎてから、肥満で糖尿病になってしまいました。薬で治療するのではなく、食事と運動でコントロールしようと、食事療法や断食など、あらゆることを試した中で、玄米と健康について研究するに至りました。

室伏

明治時代、ドイツ人医学者のベルツが、長い距離を走る日本の人力車の車夫たちが、握り飯(穀類)だけで走っていたことを知って、ドイツで話題になったという話がありますね。

渡邊

はい。それで、西洋食の肉を食べさせればもっと速くなるんじゃないかといって食べさせたら、走れなくなったという調査ですね。

室伏

日本人には日本食がよい、日本食は日本人の体に合っていたというエピソードです。

室伏

アスリートには、白米もいいと思います。一般的に、食後血糖値が急激に上がるのはよくないとされていますが、瞬発系の激しいトレーニングをしたときには速く血糖値を上げたいので、白米がいいんです。一方、玄米の方は、血糖値の上昇は緩やかです。

渡邊

おっしゃる通りですね。血糖値をなるべく抑えたい人はもちろんですが、アスリートの中でも、長距離を走るなど持久力系のトレーニングの後など、粘り強いエネルギーが必要なときは、玄米がいいでしょう。力を出すと、体内は酸化に傾くので、抗酸化作用のある玄米はお勧めです。

室伏

米でそれだけ体が変わるということは、アスリートは目的に応じて正しく食べるといいですね。

 

米食や運動が自己免疫力を高める

室伏

小さい頃に見た科学の本で覚えているのが、日本人の腸は長く、便の質も欧米人と違っていること。その理由が、穀物中心の生活であることと書いてあったんです。白米や玄米を食べると、腸の構造や環境が変わってくるのですか。

渡邊

はい。日本人の腸は9mくらいありまして、欧米人より2mほど長いといわれています。

ここ数年、腸内細菌の研究をしていますが、玄米を食べている人は特有の腸内細菌の割合が増えています。腸管免疫やのどの粘膜の免疫に関わるIgA(免疫グロブリンA)という物質がありますが、例えば、海藻を消化できる腸をもつのは日本人だけといわれているように、腸内のIgAにも食事が影響していて、米を食べる人にはIgAが多いんです。

室伏

米と免疫が関係しているというのは、興味深いですね。

室伏

いまから玄米を食べ始めたら、腸内環境はどれくらいで変わるんでしょうか。

渡邊

30人くらいを対象に、昨年1日にお昼1食だけ玄米にしたら、2か月間で半数くらいの人が良い腸内環境になって体重も減りました。では、1日に2回玄米食にしたら1ヶ月で改善するのではないかと研究したところ、効果が認められました。いずれにせよ、1~2か月で腸内環境が変わり、玄米の良さは実感できます。

室伏

コロナ禍でも自己免疫力をあげる効果があるのですか。

渡邊

はい。玄米の研究を進めるなかで、昨年、米の消費量と新型コロナウイルスの罹患率には、きれいな負の相関関係があることがわかったんです。米の消費量の多い国ほど、人口当たり感染者の数が少ない。主に小麦を食べる欧米諸国には感染者が多く、日本を含むアジア各国は少ないんですね。また、ベトナムやミャンマーのように、一人当たり年間200kg以上米を消費する国は、年間60~70kgの日本や韓国よりも罹患率が低くなっています。

室伏

それは興味深い統計ですね。

 

 

                                                                 出典:Iinura, Watanabe   2021.2

 

渡邊

昨年の12月くらいからは、日本でも新型コロナウイルスの感染者数が大きく増えてきました。残念ながら、それに伴って、死者や重症者数も増えています。それでも、相関関係は変わらずあるのです。まだ、エビデンスのはっきりした話ではないのですが、米や玄米が、コロナの収束に役立つ日が来ることを願い、研究を続けていこうと思っています。

 

医療費抑制の鍵は予防医学

渡邊

私は、国立がんセンターの勤務後、東京農業大学で10年間、機能性食品の研究をしていました。そこでわかったのは、当時の日本の医学教育のなかに、栄養学と運動生理学が入っていないこと。バランスが欠けていたんです。私は、そこに着目しました。

室伏

先生は著書で、「食で医療費は抑制できる」いう事もお話しされています。スポーツを通じた健康増進も医療費抑制などに貢献すると考えており、我々の政策にも通ずるところがあると感じています。

渡邊

私は、糖尿病になってから20年間、食事と運動で血糖をコントロールし、薬を使いませんでした。

室伏

食事・運動療法は、効果が大きいというわけですね。

渡邊

これまでは、病気になったら薬で治せばいいと思っている人がほとんどでしょう。

しかし、大切なのは予防医学。そもそも病気にならないことのほうが重要なんです。さらにもう一歩踏み込むと、健康な状態でい続ければ、亡くなるその瞬間まで、なんでも好きなことができると考えるに至りました。

室伏

食と運動は、医療費抑制に貢献でき、ひいては健康寿命を延ばすことにもつながるということですね。

 

80歳 私の健康の秘訣は「ながら運動」を習慣に

室伏

新型コロナウイルスの感染拡大が長期化するにつれて、運動不足などにより健康二次被害も長期化することが懸念されています。我々も、多くの人に簡単な運動ができるよう推進していますが、先生が考えるコロナ禍の生活スタイルでの懸念や、取り組むべきことがあればお願いいたします。

渡邊

いろいろな地域で健康づくりに取り組んでいると、冬場の運動はなかなか難しいことに気づかされます。寒いなかで歩いたり走ったりするのも大変です。そこで、ステッパーを使った、階段昇降の運動を私は勧めています。テレビでも見ながら1日に30分行うだけで、大きな効果があるんです。

他には私はいつも、ニュースを見ながらエアロバイクを漕いで、200~300キロカロリーくらい消費しています。

室伏

素晴らしいですね。

渡邊

おかげさまで、おととい80歳を迎えることができました。

室伏

すごい!おめでとうございます。

渡邊

中国では、おじいさんおばあさんが早朝に公園などに集まって気功体操をしています。日本でも、ラジオ体操や歩くことがずいぶん普及してきましたが、社会全体のバックアップが足りないように思います。多くの人が安心して体を動かせるようにするためには、ハード面の整備も、今後必要になってくるでしょう。

室伏

スポーツ・運動の環境整備は、我々が積極的に進めていかなければいけない部分ですね。今後ますます力を入れていきたいと思います。

 

効果的な米食の取り方、最高の組み合せは?

室伏

玄米と健康について研究されている渡邊先生ですが、先生ご自身は、やはり白米より玄米を召し上がりますか。

渡邊

はい。1日2食は玄米です。でも、白米も食べますよ。寿司は白米のほうがおいしいし、外食は白米が多いですからね。私は玄米を一生懸命勧めていますが、「おいしくない」と言う人も一定数います。成分をきちんと測りましたが、少々値が張っても、有機玄米はおいしいです。

室伏

白米と玄米を混ぜるのはいかがですか?

渡邊

いいですね。うちは初めのうちはもち米3割と玄米を混ぜて炊いていました。1日1食だけ玄米を混ぜた米を食べるのでも、十分効果的だと思いますよ。

室伏

玄米以外にいい食品はありますか。

渡邊

大豆ですね。特に、米と豆の組み合わせは最高なんです。大豆は、納豆や味噌など発酵食品になっているものが多いので、腸内環境を良くし、相乗効果をもたらすでしょう。新型コロナウイルスの影響で、食や健康への意識は高まってきていると思いますが、腸内細菌を含め、「体中の細菌と一緒に生きていこう」と、発想を変えていかないといけません。

室伏

名言ですね。私は、選手としては引退しましたが、今後の健康のためにも、意識していきたいと思います。あらためまして、渡邊先生ありがとうございました。

 

【プロフィール】

一般社団法人 メディカルライス協会理事長 渡邊 昌

慶應義塾大学医学部卒・医学博士

国立がんセンター勤務時代に糖尿病になって食事療法の重要性を知り、東京農業大学教授、さらに国立健康・栄養研究所理事長となり、食育や栄養の問題を深化。退任後、専門誌「医と食」を発刊。

糖尿病を食事と運動で改善

2019年「玄米により未病を治す」をキーワードにメディカルライス協会を設立。

著書に「「食」で医療費は10兆円減らせる(日本政策研究センター)」

「糖尿病は薬なしで治せる(角川新書)」

「一生がんにならない食べ方レシピ」

「医師たちが認めた玄米のエビデンス」など。

農林水産省食の将来ビジョン戦略委員、食と健康調査会座長、厚生科学審議会委員、内閣府食育推進評価専門委員会座長など政府の各種審議会委員を歴任。

スポーツ庁。Web広報マガジン デポルターレより転載。